世界中の臆病者達は





もう、20日間近くになるのか…
ヴァンデスデルカに引導を渡してから

今までずっと一緒にいたルークの顔を見ていない
気が付いたこの思いを隠すには丁度いい隠れ蓑だと、ガイはグランコクマの国庫に保管されていたガルディオス家の遺産で生活している

ファブレ家に居たかったのかも自分では分からないが、ファブレ公爵に解雇を宣告された以上あの屋敷にいるわけにはいかなかった
ペールは仕事の後継と荷物を纏めるのに時間がかかっているようだ
あの屋敷では歓待されていないだろうな、と思う
自分たちは復讐の為にファブレ家に近づいたのだから
だから解雇されたのだ
ルークばかりか、自分の命さえ危ないのだから当然か

手元の本は風に乗りページが捲れる
どうせ読んでもいない本だ
ただやる事が無いから目で追っているだけで、読みたいわけじゃない
屋敷にいたは自分の時間が欲しくてたまらないときすらあったのに
今ではこの時間は苦痛以外の何物でもない


ルークは今なにをしてるのだろうか...
今日は、マナーの勉強の日だった筈だ
「勉強嫌いだったもんなぁ…逃げてなきゃいいけど。」
口から零れる無意識の言葉に ガイは浅く苦笑する
なんと女々しいのだろうか
思いを膨張させたくなくて、自分から距離を置いたのに考える事はルークの事ではないか
ガイは立ち上がり背筋を伸ばす

あぁ、そろそろブウサギの散歩の時間だ







なんと静かな屋敷であろうか
ルークは一人部屋の窓枠に顎を乗せぼんやりと外を眺める
ガイがこの屋敷を出てから自分は何をしていたのかも思い出せない
何より屋敷内で落ち着ける場所はこの自室だけ
周りのメイドも屋敷を護る白光騎士団も全員がルークを異質の目で見るのだ
もちろん中には今までと同じように慈しんでくれる人もいる、がそれは少数であり
レプリカだと知ってしまった以上今までどおりというわけには行かないのだろう
感情がついていかないんだと思う
レプリカは、オリジナルの劣化コピーなのだ

「ルーク様はお戻りになりませんの?」
中庭を渡るメイド達はルークの存在に気がついていないのだろう
良く通るその耳障りな声はルークの耳をも打つ
「ルーク様って…いらっしゃるじゃないの。」
「でも、本物はアッシュ様、なんでしょう?こちらにいらっしゃるのは偽者で…。」

偽者

その言葉がルークの胸に突き刺さる
鋭利なナイフで切られたように苦しい
息を吸うたびに肺に針が刺さっているようにちくちくする

「それに、そっくり過ぎて恐ろしいです。まるで化け…。」
じょきん、
中庭に響く金属をこすり合わせる音はメイドの耳にも届いたようでメイドたちはは、と見やる
白髪の老人はひょこ、と顔を覗かせる
「おや、中庭を渡るとは珍しいですな。」
メイドはおろおろと狼狽し逃げるように中庭を後にした
ルークは小さく息を吐く
大丈夫だ
もう針は刺さっていない

「ルーク様。」
ペールはルークの方は見ずに言う
思わず背筋を伸ばしてしまう
「お気になさいますな。」
ぱちん
枝を切る老人の手には迷いは無い
「ペール…。」
「私もそろそろ暇を頂こうと思っております。」
「え?」
そうか、ペールは今でこそ庭師をしているが以前はフェンデ家と共にガルディオス家を守護していたれ列記とした名家出身なのだ
ガイと一緒に復讐の為にここへきたのだ
「ガイラルディア様もむこうで生活しておりますし。仕事の後継作業の方は終わりましたしな。」
「ペールは、恨んでないのか?」
「歳を取ると、忘れっぽくなるものです。」
ヒマワリのように笑うこの老人が好きだった
ガイとどこか似ているその笑顔が、ルークは好きだった
「ガイは…元気かな…?」
ルークはつぶやく
ペールは頷きはさみを動かす
「お元気なようですよ。今は登城なさって働いておいでのようです。」
そう手紙に書いてございました、とペールは言う

手紙…

「そ、っか。」
落胆の色が隠せないルークは短く返事をすると窓の外を見る
ペールが手入れをしている庭は美しく剪定されている
ぱちん
という音だけが辺りに響く

枝の選定だ
ペールは迷いなく、剪定する


「いらない枝に貴重な栄養を取られないよう、思い通りの形に育つように切り落とすのです。」
ペールは幼いルークにそう説明した
興味がないようにルークは短く返事をしただけだった


ガイの腕を拒否したのは、自分
ガイを信じられなかったのは自分

「触るな。」
腕を乱暴に払ってからガイはルークに触れようとしなくなったのだ

今は手紙すら届かない


自分が悪いんだ、と分かっている

「因果、応報ってヤツ?」
小さく呟いた言葉は、しかしペールに届かず大気に消える

自分を思ってくれてる人は自分から離れていってしまう
ガイも、ペールも、ヴァン師匠も...


全ては自分が悪いのか?
組んだ腕に埋めた顔には後悔と、涙が落ちた


切られる、いらない枝は痛いのだ