神様がいるとしたら







「ルーク!」
いっそ悲痛なティアの悲鳴に反応したのか、ガイは素早く体を後方へ向ける
今日の布陣はルークが後衛の守りだったからだ

見れば蹲るルークの姿があるではないか
その右腕は深いであろう傷がぱっくりと開いている
止め処なく流れ出る真紅の血液をルークは止めようとしているのか、隠そうとしているのか傷口を左手で抑える。
苦渋に満ちた顔には段々と青みが注しこんでいく
ティアはルークの傷口を凝視し、やがて思い立ったように第七譜術を発動させる
ガイはその様子を黙視し、やがて踵を返し魔物の息の根を止める作業に戻る
その時のガイの脳は、意外と冷静であった



「ルークが、私を庇って…。」
ティアは血を流しすぎ 死んだように眠るルークを眺め、やがてガイを見て言う
何故、ガイの方を向いて言うのか
ふと疑問を持つが、ガイは微笑う
「大丈夫でしょう。傷口はふさがりました。流れた血は多いですが致死量には至らないですし。」
脈も安定しています。と、ジェイドはルークの首筋に当てていた指を離し、やはりガイを見る
それでもガイは微笑う
「良かった。ですが町まで戻っては如何でしょう。」
イオンも安堵の息を付き、彼も伺うようにガイを見る
まだ、ガイは微笑っていた
「そうだよ。私も町に戻った方がいいと思うナ〜。」
もしもの事があると厄介だし。
アニスは腕を伸ばし、ちらり、とガイを見る

正直、ガイ自身もルークの回復の為に街まで戻りたい
「そうだな。」と告げるとガイはルークを背負い、逆方向に歩き出した



「いい加減になさいませ。」
ナタリアは我慢ならんといった調子で乱暴に扉を開く
宿を取りルークの回復を待ったがやはり傷が深かったのか、ルークは目を覚まさず結局もう一泊する事になった
既に全員が夕食を取り終わり各思い思いの自由時間である
部屋には眠るルークと、本を読んでいるガイだけだ
ジェイドが聞こえよがしにため息を付き部屋から出て行ったのはどのくらい前だったか
「ガイ、一体何を考えてますの?」
強い口調のままガイに詰め寄るナタリアはいつも以上に気迫にあふれていた
細い腰に手を当て、大股に近づく
「殿方でしたらもっとさっぱりすっぱりと出来ませんこと?」
言っている事の大半は理解できない. ガイは本心からの疑問を口にする
その様子に毒気を抜かれたのか
ナタリアは表現しきれぬ表情を浮かべる
その様は呆れているような、驚いてるような。どっちとも取れるしどっちとも取れない表情である
「貴方…気が付いてませんでしたの?」
「はぁ…。」
何とも気のない返事であろう
だが今のナタリアにその言葉が届いているのか、どうなのか
ナタリアは無言で部屋を歩き、引出しから手鏡を出す
それをガイの眼前に突きつける
「よ〜く、御覧なさい。今の貴方の表情を!」
蒼く縁取られた手鏡はあまりに眼前に突きつけられたため曇って見えない
大人しくガイはナタリアからその手鏡を受け取る
「ティアはずっと気にしてますし、大佐も呆れていますわよ。」
ナタリアへ送っていた視線をそのまま手元へ移す
「いつまで泣きそうな顔をしているつもりですの?」

未だにうっすらと曇っている鏡に映ったのは崩れた微笑いを浮かべているガイの顔

微笑んでいた
そう思っていたのは自分だけであった事
今日、ルークが傷を負ってからずっとのこ顔

全員が一様にガイを見ていたのは気を使っていたのか
ジェイドが部屋から出て行くときのため息はガイへの呆れの表れだった事
「…カッコ悪…。」
ぼそりと呟く言葉はしっかりとナタリアに届いていたようだ
ため息を1つ、ガイから視線を外しルークを見やる
「無意識だなんて…。信じられませんわ。でも、いくら無意識だとしてもちゃんとティアに謝ってくださいね。」
「ティアに?」
ガイは手元からナタリアへ視線を戻す
底に映ったのは薄く軽蔑の混じった表情だった
「本当に話を聞いてませんのね。ティアはずっと貴方の表情を見て気にしてましたのよ。」
つまり、自分を庇って怪我を負ったルークを按じているガイの暗い表情でより一層、罪悪感が残っているという事だろう
事実、ルークの怪我はティアを庇った際に負った傷なのだからガイが謝る必要はあるのだろうか…
疑問に思ったが口には出さなかった
ナタリアがキツイ目線をガイに送っているからだ
「いい加減、その過保護を自覚した如何?」
過保護、
確かに屋敷にいた頃は少し過保護だったのかもしれない…
「…一応、過保護は自覚してる。なるべく距離を置こうとはしてるんだが…。」
なかなか癖が抜けなくて、そう話すガイの表情は何処となく嬉しそうにも見える

本格的に駄目かもしれない…

ナタリアはそう感じた時、ベッドから呻き声が聞こえる
「ルーク、目が」
覚めましたのね。
そう続けるはずだった
のに、なんだろうこの男…
ナタリアの言葉をさえぎってベット脇に寄るガイは溢れんばかりの笑顔ではないか
そのままガイはルークへ質問を被せる
腹は減ってないか
傷は痛まないか
体調はどうか
矢継ぎ早に浴びせられる質問にルークはあたふたしているのが見える
おそらくガイは今、この場にナタリアが居るのすら忘れているだろう
ふと、ナタリアの呆れた顔に気がついたのか
ルークの視線と克ち合った
どうやら助けを求めているようだが

「やってられませんわ。」
ナタリアはそう呟くとさっさと部屋から出て行った

大きい音を出しても今のガイには届かない事を本能的に直感していても、静かに扉を閉める
過保護にも困ったものだわ
そう思ったその時、疑問が過る

今までも同じように過保護であったなら、ルークは困る素振りを見せるだろうか…?
きっと毎回あのような状況ならばあしらい方ぐらい身に付いててもおかしくはないのではないだろうか…

そこまで考えて、止めた
深く考えると馬に蹴られそうだ
心配してるティアに教えて差し上げなくては…
ナタリアはさっさと宛がわれた部屋に引き返した