人生には山あり谷ありだと、人生は苦あれば楽ありだと、
かつての賢人は言ったらしいけど俺から言わせてもらえれば、彼らが舐めた苦汁は俺の比ではないと胸を張って言える気がする。






「地核を循環している第七音素、つまりパッセージリングに接近した際に貴方の体中の第七音素が結合して何らかの現象を生んだのかも分かりません。もともと第七音素は結合しやすいものですし、未だに解明されていない部分も多数存在します。記憶粒子が含まれている為にローレライとの結びつきも強いでしょうし、あるいは第七音素がローレライとの完全同位体である貴方の周波数に影響されて形を変えた可能性もあります。同時にアッシュにも何らかの現象が起きている可能性もありえますが貴方の場合体中の音素を繋ぎとめる接着要素として第七音素が使用されている為に他音素との配列が混乱した為に」


「もう、いい。」


がっくりと肩を落とした俺に、目の前のヒトデナシ代表みたいなヒトデナシは「そうですか?」と爽やかな笑顔で目元の眼鏡を中指で押し上げた。仕草がいちいちわざとらしいんだよ、とは口に出しては言えなかった。

「なぁジェイド。俺の身体は―」
「私には治せませんよ。」
俺の言葉を全部聞く前にすっぱりばっさりと斬り捨てたヒトデナシ代表、もといジェイドは優雅に足を組んでいる。聞かずとも分かっていはいたが最後の希望をボコボコにされたような脱力感は否めない。隣でティアが心配そうに俺を覗うが、それを気にかけられるほど今の精神状態は余裕が無いんだ。
「治す方法―」
「皆目見当もつきません。」
これまたばっさりすっぱり切らるどころか微塵切りにされた言葉の残りが俺の口の中で転がった。そうだよ、こいつはそういう奴だよ。知ってたよ!
「でも急に女になりました、なんていわれて納得できると思うか!」
俺の脳味噌もそんなに柔軟じゃないんだぞ。怒鳴って机に叩きつけた拳が痛かったけど、でも目の前のヒトデナシは飄々とした顔で涼しそうにいる。なんだよ、なんだよ、なんだよ!このヒトデナシが。俺がこうなった原因の一端はお前にもあるんだぞ、なんて八つ当たりにも程があるってのはわかってるけどでもそんな事じゃ納得できないんだよ俺のお粗末な脳味噌は。っていうか俺の脳味噌は別にお粗末じゃないぞきっと。だれでもこんな問題に直面すれば納得なんてできるわけが無いじゃないか。
「こんなもんがあるからさっきの戦闘中だって動き難いし、痛いしで大変だったんだ。」
第一前衛である俺が抜けたらガイの負担が大きくなって、引いては後衛で譜術を呪うお前だって飛び火するんだぞ、と言ってやりたかったけど残念ながら俺の脳味噌はそこまでの文章を組み立てるレベルには達してないんだ。
ヒトデナシ代表ジェイドはちらりと俺を流し目で見てそのまま隣のティアへ視界を移行させる。その一瞬の目線はなんだ。呆れか哀れみかどっちだこのやろう。
「グランコクマへ行きます。ティア、よろしく頼みます。」
どうしてお前の言葉は目的語が抜けるんだよ。それだけじゃない。主語も述語も全部が全部不十分だ。馬鹿と天才は紙一重なんだぞお前は後一歩間違えると馬鹿になるんだぞお前は。なんて口に出したら「では貴方は一歩間違えると天才ですね。」なんて嫌味がチクチク刺されるのが分かるから言わないけどな。
「分かりました。大佐。」
ティアはあんな暗号文のような言葉で理解したのか、肯いて部屋から出てった。何でアレでわかるんだよ。チックショウ。








グランコクマの大通りは人がたくさん歩いててティアの後についていくのも大変だった。老若男女が入り乱れてそれに呼応するように大通りに面した店々が人目を引くように華やかに飾られてて一年中が祭りみたいだ、とかそんな事考えてたらティアに腕を引かれた。考えながら歩いてたから行き過ぎたみたいだ。
「ここよ、ルーク。」
ティアが身体をずらして視線で目的の店を促す。それに釣られて俺も店を見た。
ショーケースには薄いワンピースが飾られている。ピンク色の壁紙がこれでもかとばかりに散りばめられてて目が痛い。それに加えて白いレースがあっちこっちに張られてて、しかも壁のピンクと同じ色のリボンも無数。すっげ、これが素直な感想。
「さ、ルーク。」
俺の腕を掴んでティアは小さい木製の扉を開いた。ちりん、と小さい音につられるように「いらっしゃいませ」の声が聞こえて、俺は前を見たがそこに見えた光景に絶句。
居るのは若い女の人ばかりで楽しそうに何かを選んでる。
固まった首を無理矢理動かして隣に居るティアを見る。



「ティア、ここって…。」



「下着店よ。」



それがどうかした?という涼しすぎる顔で何が疑問なの、みたいな声音で答えられて、あれ?これって俺がおかしいのか?そんな訳ないだって俺ついさっきまで男だったんだぞ。
「ルークのサイズは多分あっちよ。」
なんてティアが俺の腕を引っ張って奥に行こうとするから俺は変な声を出してティアの腕を掴み返して店を出た。後ろから「ありがとうございました〜。」なんて声が聞こえて一気に顔が赤くなった。



「ティ、ティ、ティ、ティア!!おまっ、なんっ。このっ。」
店から歩いて数十歩。頭に血が上りすぎて言葉が上手く繋がらない。口がパクパクと動いているだけで役に立つ言葉が一つも続かない。あぁもう俺の脳味噌役立たず!
「仕方ないじゃない。」
「仕方ないで片付くか。おまっ、俺、男だぞ。」
顔が物凄く熱いから物凄く赤いんだろうなぁ、今の顔。…なんて落ち着いてられない。
「あなたに必要なんだから仕方ないでしょ。」
腰に手を当てて上からお説教モードのティアはもう一度俺の腕を掴んで来た道を戻ろうとする。俺は慌てて腕を引いた。思わず万歳をしてティアに言い募る。
「な、な。な、お願いだから。」
「何が?」
言わずとも分かってるだろう、何て強く出るような馬鹿な真似はしない。深呼吸して落ち着いて、上に伸ばしてた腕をぱん、と高い音を立てて顔の前で合わせる。
「頼む。頼むから俺店に入るのは本当に勘弁なんだ!第一体は女でも心は男、ってこれなんだか違う趣味の人みたいだけど…。でも俺はさっきまで男で、なのに急にその、女性、の。な?なんだ、あの。だから!あの店に入るのは無理。本当に無理!!」
なんだか変態というか、痴漢な気分になるんだよ、とそこの部分は物凄く小さく呟くように言うだけだったけど、それはティアに届いたかどうか微妙だ。一息に言い切ってティアの言葉を待つ。長いように感じた沈黙が、それでもやっとティアの言葉で破られた。
「そう、よね。恥ずかしいわよね。」
わかったわ、とティアは笑って言ってくれた。俺は物凄く全力で肯く。あぁやっぱりティアは優しいよなぁ。どっかのヒトデナシ代表とは違う。優しいんだよな。








なんてティアの優しさに感動したけど、ティアの買ってくる、し、…下着、が…物凄く可愛すぎるデザインで結局買いに行く事になるなんて考えてなかった。